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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)92号 判決

東京都目黒区目黒1丁目4番1号

原告

パイオニア株式会社

代表者代表取締役

松本誠也

訴訟代理人弁護士

秋吉稔弘

同弁理士

瀧野秀雄

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

荒井寿光

指定代理人

松野高尚

犬飼宏

吉村宅衛

吉野日出夫

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者が求める裁判

1  原告

「特許庁が平成3年審判第20776号事件について平成8年2月14日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和58年3月26日に名称を「ディスクの情報記録方法」とする発明(以下、「本願発明」という。)について特許出願(昭和58年特許願第51336号)をしたが、平成3年9月5日に拒絶査定がなされたので、同年10月31日に査定不服の審判を請求し、平成3年審判第20776号事件として審理された結果、平成7年1月11日に特許出願公告(平成7年特許出願公告第1556号)されたが、特許異議の申立てがあり、平成8年2月14日、特許異議の申立ては理由がある旨の決定とともに、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は同年5月1日原告に送達された。

2  本願発明の要旨(別紙図面A参照)

透明基板と、

該透明基板上に形成され、記録光波長に対して光吸収性に優れる有機化合物を含有する記録層と、該記録層の上に全面に亘って被着された延展性のよい金属からなる金属膜とを有するディスクの情報記録方法であって、

該方法は、基板側から基板を透して記録光を記録層に照射し、該記録光の光エネルギを記録層に吸収せしめ、しかる後、光エネルギを吸収した記録層が昇華、溶融あるいは蒸発することによって発生した力で、金属膜を膨張させるように変形せしめるとともに、記録層自らにもピットを形成して情報記録を行うことを特徴とするディスクの情報記録方法

3  審決の理由の要点

(1)本願発明の要旨は、その特許請求の範囲に記載された前項のとおりと認める(なお、平成7年10月24日付け手続補正書は、審判手続において却下の決定がなされた。)。

(2)これに対し、本出願前に特許出願され、本出願後に出願公開された昭和57年特許願第73778号の願書に最初に添付された明細書及び図面(以下、「先願明細書」という。昭和58年特許出願公開第189851号公報参照)には、次の事項が記載されている(別紙図面B参照)。

イ 透明基板1と記録膜3と反射膜5とを有する光情報記録媒体

ロ 光ビームを基板側から照射して情報を記録する場合は、基板は照射ビームに対して透過性であることが必要で、樹脂板あるいはガラス板が望ましい。

ハ 記録膜3は光ビームの照射を受けて溶融蒸発し微小な凹凸を形成することにより情報を記録する膜であり、有機物、例えばゼラチン、ニトロセルロース、、ポリビニルアルコールと光吸収性物質の複合物あるいは色素や染料などの有機光吸収物質などが用いられる。

ニ 反射膜5としてAlを真空蒸着する。

ホ 反射膜5は蒸着膜であり極めてうすいので記録膜3とともに変形できる。

(3)判断

本願発明と先願明細書記載の発明(以下、「先願発明」とを対比すると、上記ロは、本願発明の「基板を透して記録光を記録層に照射し」の要件に相当し、上記ハは、本願発明の「記録光波長に対して光吸収性に優れる有機化合物を含有する記録層」の要件に相当する。また、上記ニは、本願発明の「記録層の上に全面に亘って被着された延展性のよい金属から成る金属膜」の要件に相当し、上記ホは、本願発明の「金属膜を膨張させるように変形せしめるとともに、記録層自らにもピットを形成して情報記録を行う」の要件に相当する。

そうすると、先願明細書には、本願発明と実質的に同一の発明が記載されているといえる。

(4)したがって、本願発明は、先願発明と同一であると認められ、しかも、先願発明をした者が本願発明の発明者と同一の者であるとも、また、本出願時に本出願人と先願発明の特許出願人とが同一の者であるとも認められないから、本願発明は、特許法29条の2第1項の規定(平成5年法律第26号による改正前)により特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

審決は、先願発明の技術内容を誤認した結果、本願発明は先願発明と同一であると判断したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)審決は、先願明細書には「透明基板1と記録膜3と反射膜5とを有する光情報記録媒体」が記載されていると認定し、この認定を、本願発明が先願発明と同一である旨の判断の前提としている。

しかしながら、別紙図面Bの第1図、第3図、第5図及びそれらに関する先願明細書の説明には、反射膜は記載されていない。また、別紙図面Bの第4図及びそれに関する先願明細書の説明には、「記録膜は光吸収性記録膜と反射膜が一体となったもの」(4頁左上欄16行、17行)が記載されているにすぎないし、同第2図には反射層が記載されているが、審決はいずれの実施例に審決認定の構成が記載されているのか、その根拠を具体的に明示していない。したがって、審決の上記認定判断は誤りである。

(2)審決は、先願明細書には「ホ 反射膜5は蒸着膜であり極めてうすいので記録膜3とともに変形できる」ことが記載されていると認定したうえ、上記ホは本願発明が要旨とする「金属膜を膨張させるように変形せしめるとともに、記録層自らにもピットを形成して情報記録を行う」の要件に相当する旨認定判断している。

しかしながら、先願明細書には、「保護膜4のポリウレタン樹脂膜が熱変形層としての機能を果す。即ち熱変形層(保護膜4)は反射膜5を介して記録膜3に接しているが反射膜5は蒸着膜であり極めてうすいので記録膜3とともに変形できる。」(4頁左上欄11行ないし16行)と記載されているのであるから、「記録膜3とともに変形できる」のは熱変形層(保護膜4)であって、反射膜5ではない。したがって、審決の上記認定判断は誤りである。

この点について、被告は、記録膜3の変形に伴って反射膜5が変形し、その結果として熱変形層(保護膜4)も変形することは自明である旨主張する。

しかしながら、記録膜3が溶融蒸発して変形することに伴って、反射膜が溶融蒸発して生ずる変形は、本願発明が要旨とする「金属膜を膨張させるよう」な変形とは異なるし、そもそも審決は、本願発明が先願発明と同一である旨判断しているのであるから、先願明細書に記載されていない事項をも加えて先願発明の構成を認定することは許されない。ちなみに、別紙図面Bの第6図には、熱変形層2の上に設けられた記録膜3が凹状に変形し、かつ、その変形が保護膜側または保護膜の表面に何らの変化を生じさせないものが記載されているにすぎないから、これを、記録層3の上に反射膜5が設けられている第4図の構成に適用することは不可能である。

第3  請求原因の認否及び被告の主張

請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は認めるが、4(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。

1  原告は、先願明細書には「透明基板1と記録膜3と反射膜5とを有する光情報記録媒体」が記載されているとした審決の認定は誤りである旨主張する。

しかしながら、別紙図面Bの第4図及びそれに関する先願明細書の説明に「透明基板1と記録膜3と反射膜5とを有する光情報記録媒体」が記載されていることは明らかであるから、原告の上記主張は当たらない。

この点について、原告は、別紙図面Bの第4図及びそれに関する先願明細書の説明には、「記録膜は光吸収性記録膜と反射膜が一体となったもの」が記載されているにすぎない旨主張する。

しかしながら、同第4図には、ガラス基板の上に有機色素膜(記録膜)を塗布形成し、その上にAlを真空蒸着して反射膜を形成し、さらにその上に保護膜を塗布形成する構成が記載されているから、原告の上記主張は誤りである。

2  原告は、先願明細書記載の発明において「記録膜3とともに変形できる」のは「熱変形層(保護膜4)」であって「反射膜5」ではない旨主張する。

しかしながら、先願明細書の4頁左上欄11行ないし16行の記載によれば、「記録膜3とともに変形できる」のは熱変形層(保護膜4)に限られない。すなわち、「反射膜5は蒸着膜であり極めてうすい」以上、記録膜3の変形に伴って反射膜5が変形し、その結果として熱変形層(保護膜4)も変形することは自明であるから、原告の上記主張は当たらない。

この点について、原告は、記録膜3が溶融蒸発して変形することに伴って、反射膜が溶融蒸発して生ずる変形は本願発明が要旨とする「金属膜を膨張させるよう」な変形とは異なる旨主張する。

しかしながら、先願明細書には、別紙図面Bの第4図の記録膜(有機色素膜)の蒸発温度が290℃、保護膜(ポリウレタン樹脂)の熱変形温度が110℃である旨記載されており、反射膜(Al)の融点は660.2℃であるから、同実施例においては記録膜が溶融蒸発する温度では反射膜が溶融蒸発することはなく、記録膜の溶融蒸発に伴って反射膜が泡状に保護膜側へ膨張するであろうことは、当業者ならば先願明細書の記載から当然に理解し得た事項にすぎないから、原告の上記主張も誤りである。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

第1  請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。

1  成立に争いのない甲第2号証によれば、本願発明の特許出願公告公報には本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果が次のように記載されていることが認められる(別紙図面A参照)。

(1)技術的課題(目的)

本願発明は情報記録板、特にビデオディスク等のディスク及びディスクの製造方法に関するものである(1欄15行ないし2欄2行)。

情報記録板を製造するためにはフォトレジストが使用されているが(2欄3行、4行)、この方法は製造を開始してから検査を終了するまで4ないし5時間を要するので、その時間を経過した後に不良品であることが判明したときは、再び最初から同じ時間をかけて製造する必要があり、極めて非能率であった(3欄5行ないし11行)。これは、記録層としてフォトレジストを使用するので、信号記録後直ちに(あるいは、信号記録時に)記録信号をモニターできないことに起因し(3欄11行ないし14行)、また、現像時間の調整が難しく、明室におけるハンドリングもできない結果、製造コストが高くなる欠点がある(3欄15行ないし20行)。

そこで、モニターが可能な素材、すなわち所定の波長に対して著しい吸収性を示す染料を記録層として使用する方法(例えば、米国特許第4097895号)が提案されているが(3欄21行ないし26行)、この方法は、染料の昇華速度が遅くピットの形状が整わないので、充分なSNを持つ情報記録板を得ることができない欠点がある(2欄39行ないし41行)。

また、これを改良した例えば昭和55年特許出願公開第87595号公報記載の方法は、エチルレッド等の色素増感剤(染料)とニトロセルロースを溶かしてコートしたものを記録層とするものであるが(3欄42行ないし50行)、この方法も、ピットの形状が充分に整わないうえ、反応残渣が記録面上に残るので、実験段階の域を出ず(3欄42行ないし4欄11行)、かつ、800ないし900nmの波長を有する半導体レーザに対して著しい吸収性を示す色素増感剤が見当たらない(4欄16行ないし18行)。

本願発明の目的は、従来技術の上記欠点を除いて、C/N、S/Nが良好で、ドロップアウトが少なく、情報を正確に記録することが可能なディスク及びその製造方法を提供することである(4欄38行ないし41行)。

(2)構成

上記目的を達成するため、本願発明は、その要旨とする構成を採用したものである(1欄2行ないし13行)。

(3)作用効果

本願発明によれば、光路長が短く、かつ高反射率であって、低コストのディスクを得ることができる(9欄23行ないし10欄5行)。

2  原告は、先願明細書には「透明基板1と記録膜3と反射膜5とを有する光情報記録媒体」が記載されているとした審決の認定は誤りである旨主張する。

しかしながら、成立に争いのない甲第4号証によれば、先願明細書には、

a  「第4図は本発明の別の一実施例を示し、ガラス基板1上に前記有機色素膜(融点180℃蒸発温度290℃)をスピンナーで塗布、その上に反射膜5としてAlを真空蒸着し、最後に保護膜4としてポリウレタン樹脂(熱変形温度110℃)(「110°」は「110℃」の誤記と認める。)をスピンナーで塗布した記録媒体である。」(4頁左上欄6行ないし11行。以下、「記載a」という。)

と記載されていることが認められる(別紙図面B参照)。この記載によれば、先願明細書には「透明基板1と記録膜3と反射膜5とを有する光情報記録媒体」が記載されていることは明らかであって、審決の認定には何らの誤りもない。

この点について、原告は、先願明細書の第4図に示された実施例には「記録膜は光吸収性記録膜と反射膜が一体となったもの」が記載されているにすぎない旨主張する。なるほど、前掲甲第4号証によれば、先願明細書には、「この様に本発明における記録膜は光吸収性記録膜と反射膜が一体となったものをも含むものとする。」(4頁左上欄16行ないし18行)と記載されていることが認められるが、前記記載aからみて、この記載は第4図の実施例記載のものが他の実施例記載のものの構成と異なり、ガラス基板1の上に有機色素膜を塗布して記録膜3とし、その上に金属膜であるAlより成る反射膜5が積層されて一体となっていることを意味するにすぎず、記載aの構成のものが「透明基板1と記録膜3と反射膜5とを有する光情報記録媒体」に該当することは明らかであって、この構成は本願発明が要旨とする「透明基板上に(中略)記録層と、該記録層の上に(中略)金属膜とを有するディスクの情報記録方法」と一致するから、この点についての審決の認定判断に誤りはない。

原告は、審決認定のイの構成は、先願明細書のいずれの実施例のものであるかその根拠が明示されていない旨主張するが、審決の理由の要点(2)イないしホに摘示された技術事項に照らし、イの構成は先願明細書の第4図に示す実施例に関する技術事項を意味することが明らかであるから、原告の主張は理由がない。

3  原告は、先願明細書には「反射膜5は(中略)記録膜3とともに変形できる」ことが記載されていると認定し、これが本願発明が要旨とする「金属膜を膨脹させるように変形せしめるとともに、記録層自らにもピットを形成して情報記録を行う」の要件に相当するとした審決の認定判断は誤りである旨主張する。

検討するに、前掲甲第4号証によれば、先願明細書には

b「保護膜4のポリウレタン樹脂膜が熱変形層としての機能を果す。即ち熱変形層(保護膜4)は反射膜5を介して記録膜3に接しているが該反射膜5は蒸着膜であり極めてうすいので記録膜3とともに変形できる。」(4頁左上欄11行ないし16行。以下、「記載b」という。)

と記載されていることが認められる。そうすると、先願明細書において「記録膜3とともに変形できる」とされているのは、「熱変形層(保護膜4)」であると考えざるを得ない。しかしながら同時に、記載bは、前記の記載aに続くものであるから、「記録膜3-反射膜5-熱変形層(保護膜4)」の順序で積層されたものにおいて、記録膜3と熱変形層(保護膜4)とが同一形状に変形するとき、その両者の間に介在し、「蒸着膜であり極めてうすい」反射膜5も、記録膜3及び熱変形層(保護膜4)と同一形状に変形することは当然という他はない。このように先願明細書の記載から一義的に確定し得る事項を加えて先願明細書記載の技術内容を理解することは許されるべきであるから、前記審決の理由の要点(2)ホの説示(「反射膜5は蒸着膜であり極めてうすいので記録膜3とともに変形できる。」)を誤りとすることはできない。

この点について、原告は、先願明細書記載の記録膜3が溶融蒸発して変形することに伴って反射膜が溶融蒸発して生ずる変形は本願発明が要旨とする「金属膜を膨脹させるよう」な変形とは異なる旨主張する。

検討するに、前掲甲第2号証によれば、本願明細書には、

「第1図は斯かる情報記録層を有するディスクの構造の一実施例を表わしている。(中略)4はニトロセルロースとベンゼンジチオールニッケル錯体との混合物よりなる情報記録層(中略)である。」(6欄36行ないし45行)

「ディスクに保護板6を介してレーザ光を照射すると、情報記録層4の露光された部分は昇華、溶融あるいは蒸発し」(6欄50行ないし7欄2行)

「第6図に示す如く、反射膜(「反射脂」は「反射膜」の誤記と認める。)3を情報記録層4とともに昇華、溶融あるいは蒸発させてピットAを形成するようにしてもよく、(中略)また反射膜3に延展性のよいアルミニウム等の金属を用い、情報記録層4が昇華、溶融あるいは蒸発するとき発生する圧力によって反射膜3をバブル状に膨脹させるようにしてピットBを形成してもよい。ピットAのように形成した方がピットBのように形成した場合より再生信号のレベルは大となる。」(9欄8行ないし17行)

と記載されていることが認められる。

これらの記載によれば、本願発明が要旨とする「金属膜を膨脹させるよう」な変形には、記録層が昇華、溶融あるいは蒸発するときに発生する圧力によって生ずる、「反射膜3をバブル状に膨脹させるよう」な形状も含まれることが明らかである。

一方、前掲甲第4号証によれば、先願明細書には、前記の記載a及び記載bのほか、

c 「本発明の特徴は基材と、該基材上に記録膜、保護膜が順次積層されており、該記録膜は光ビーム照射部位が溶融蒸発し、凹状あるいは凸状の形状変化を生じることによって情報が記録される光情報記録媒体において、記録膜の溶融蒸発温度よりも低い熱変形温度を有する熱変形層を該記録膜に接して設けたことにある。」(2頁左下欄10行ないし16行)

d 「記録膜3は光ビームの照射を受けて溶融蒸発し微小な凹凸を形成することにより情報を記録する膜であり(中略)、有機物例えばゼラチン、ニトロセルロース、ポリビニルアルコールと光吸収性物質の複合物あるいは色素や染料などの有機光吸収物質などが用いられる。」(2頁右下欄19行ないし3頁左上欄6行)

と記載されていることが認められる。

これらの記載によれば、先願発明における記録膜3の変形には、「凸状の形状変化」も含まれることが明らかである。これを別紙図面Bの第4図に記載されている実施例に適用すれば、基板1側からの光ビームの照射を受けた記録膜3が溶融蒸発し蒸気圧を発生して保護膜4(熱変形層2)側へ凸状(バブル状)に膨脹し、この記録膜3の膨脹に対応して保護膜4(熱変形層2)が凹状に変形するならば、記録膜3と保護膜4(熱変形層2)との間に介在し、「蒸着膜であり極めてうすい」反射膜5も同一形状に変形(記録膜3側からみれば「膨脹」)することは一義的に確定し得る事項であるから、原告の上記主張は当たらない。

なお、原告は、別紙図面Bの第6図に熱変形層2の上に設けられた記録膜3が凹状に変形したものが記載されていることを指摘するので検討するに、前掲甲第4号証によれば、先願明細書には同第6図記載の記録膜3の材料は記載されていないが、同第6図には反射膜が存在しないことからすると、その記録膜3は金属膜であると考えられる。そして、金属膜は光ビームの照射を受けると加熱し溶解するものであるから、別紙図面Bの第6図は、金属膜が溶解した空隙に熱変形層2が凸状に入り込んだ状態を示しているものと解するのが相当である。これに対し、別紙図面Bの第4図の記録膜3が「有機色素膜」であることは先願明細書に記載されており(記載a)、その溶融蒸発による挙動は前記のとおりである。したがって、別紙図面Bの第6図の記載をもって、先願明細書記載の記録膜3が溶融蒸発して変形することに伴って反射膜が溶融蒸発して生ずる変形は本願発明が要旨とする「金属膜を膨脹させるよう」な変形とは異なることの論拠とすることはできない。

4  以上のとおりであるから、本願発明は先願発明と同一であると認められるとした審決の認定判断は正当であって、審決には原告主張のような誤りは存しない。

第3  よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 持本健司)

別紙図面A

1 ……基板

3 ……反射膜

4 ……情報記録層

〈省略〉

別紙図面B

1 ……基板

2 ……熱変形層

3 ……記録膜

4 ……保護膜

5 ……反射膜

〈省略〉

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